主題のタイトルの本を業務提携している大和ハウスの担当者から進呈を受け、一読して流石に業界ナンバーワンの会社の社長体験談だけあり、大いに啓発されたので、今月号のテーマとして取り上げ、その内容の一端をご紹介します。

 大和ハウス工業創業者の石橋信夫氏は私の自宅からそんなに遠くない奈良県吉野・川上村出身で、敗戦により大隊長の代わりに石橋大尉がシベリヤ抑留で1千人の捕虜の代表となり、劣悪な待遇のため、ばたばたと死んでゆく中、軍刀を片手に収用所長への交渉に当たり、もし、聞き入れられなかったら、私はここで腹を切ると刀の鞘を払ったところ、収容所長は飛び上がらんばかりに驚き、待遇改善を約束したが、その見返りは厳しい拷問が待っていた。罪状を認めれば即極刑が待っており、黙秘すれば拷問攻めになる。人生悔いを残さないために、徹底抗戦を決意したが、思わぬ証人・ソ連軍の警備隊長が「石橋は将校でありながら進んで作業を指導し、先頭にたって働いた」との好意的な証言で助かり、 26才で帰国し大和ハウス工業を立ち上げた。オーナーの部下指導法は率先垂範を旨とし、自分が動かずして、誰も動かないと言う信念をもった人だった。

 樋口氏はこの偉大な創業者から特訓を受け、大和ハウス工業専務から、バブル崩壊後の子会社・債務超過寸前の大和団地社長として再建を果たした。樋口氏の取った再建策は、リストラは絶対にやらない。やると優秀な人材が去るからで、逆に採用をして、積極策をとった。やる気を示し明確な目標を示し、率先して社長の役割として現場へ出向し、早朝出勤(7時半)をし、社員と対話をし、社風を一変させた。組織の癌である人を切る、これが出来て一人前であるとも言われる。その後、大和ハウス工業の社長に就任、8年ぶりに見る大和ハウス工業本社の空気はたるみ切っていた。そのため、役員の任期を1年に短縮、ひらめ社員の撲滅宣言、赤字支店長はボーナス0円、信賞必罰体制を実行した。過去の膿を一掃し業界一の座を獲得して、現在代表取締役兼会長CEOに就任されている。

 著書の中で共感を呼ぶところは、支店長時代、率先垂範・現場主義に徹し、早朝より、叱咤激励し、不安と焦燥・怒りに駆られ叱り付け、社員を萎縮させ心を冷え込ませていた。笛吹けど、踊らず、支店長がこんなに孤独だとは思わなかったとオーナーに愚痴をありったけぶちまけたが「決断が一番大切やで」の一言だけで何のサゼッションもなかった。  その日から、社員一人一人にマンツーマンで徹底的な本音の会話を始めた。「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ」という山本五十六の言葉は、正にそのとおりだった。以降今日まで、徹底的対話によるコミュニューケーションが一番だと信じ、実行していると言われる点である。

 事業継続にはトップの努力如何が全てだから、肩書きに胡座をかき、現場を観ず、尊大で理不尽な人使いをしていないかを常に反省しながら、時代の変化を感じ取り、工夫を重ねることを本書から汲み取り、日々行動していきたいと思います。