代表社員 植村 祐三

 水無月 緑豊かな日々が続きますが、ご縁のある皆様にはいかがお過ごしでしょうか。

この度、文楽の豊竹 英太夫様が、六代目 豊竹呂太夫を襲名され、3月19日於ホテルニューオータニ大阪・襲名パーティには落語家の桂南光・詩人等の多士済々の300名が参加されました。また、文楽の襲名に於いて「前夜祭」が開かれたのは前代未聞だそうで、文楽の世界では重鎮が相次ぎ引退、歌舞伎でも襲名が相次ぎ、日本独特な古典芸術である文楽を世界へ広める第一歩にして頂きたいものです。

“文楽 六代・豊竹呂太夫 五感のかなたへ”の御著書を拝読しますと、太夫は昭和22年大阪・岸和田市に生まれ、大阪市立住吉中学1年生の時に東京へ転宅された。奥さんとの馴れ染は、育ての親のご縁で、東京の名門・都立小石川高校生時代にキリスト教会へ出向時、同い年の清楚なめちゃくちゃかわいい、好みのタイプの美人が今の奥さんだそうで、奥さんによると太夫は「男前でスマート」だったそうです。

太夫は成績優秀、末は東大法学部から弁護士を夢見て勉学に励んだそうで、1年上に元総理大臣の鳩山由紀夫、同窓には狂言の野村万作など多彩な卒業生がいるそうです。しかし、運命のいたずらか文楽の道へ進まれましたが、三代目 呂太夫(人間国宝)は祖父に当たるそうです。「ゴスペル・イン・文楽」の創作現代詩や落語等の他ジャンルとのコラボレーション講演も手がけ、平成15年国立劇場文楽優秀賞他を受賞され、太夫のバイタリティある行動力が、文楽の発展に大いに寄与されることでしょう。

しかし、太夫も人生の落とし穴、42歳の大厄も無事過ぎたが、直後、尿管結石による塗炭の苦しみ、15日間休演。そして、46歳の時、C型
肝炎となり2回も休演された。そして、太夫は本当に神様と自分が繋がっているという気持ちになるのは、人生の苦しみを嫌というほど味わった時かもしれない。「もうあかん、蒸発してしまおうか」と云うようなところまで落込んだこともあったと云われ、そこで聖書の勉強をやり直されたそうです。

文楽床本集の一節、人気が高い『曽根崎心中』を一読しましたが、歌舞伎とは趣が違いますが、恋と金と義理人情物語、内容もよく理解できた。
古典芸術も時には厳しい試練を経ながら、生成・変化発展、安定・消滅を繰返しており、旧態依然のままでは、消滅す運命にあると思います。文楽の新作には賛否両論があるようで、基本的事項・情を語るという本質だけは守るべきであり、劇作家・浄瑠璃に詳しい人・太夫・三味線引きの意見を積極的に取入れながら文章を作上げることが必要だと太夫は言われる。

襲名時は70歳「70歳からもう一度・・スタートする・・太夫人生の中で一番勉強しているかもしれない・・切場はプレッシャーが掛かる・・勉強しないと通過できない道・・この年になって義太夫の恐ろしさを実感・・麓から・・緩やかな道を登って・・急な絶壁に・・谷底に落ちるか・・さらに飛躍できるか・・精進次第である。また、著書のサブタイトル“五感のかなた”への意味は義太夫節というものはしみじみとお客様の五感に訴えるもの・・喜怒哀楽では割切れない・・それを超えるもの・・それらが混然となった、いわく言い難い情念・・喜怒哀楽を超える何かをお客様方へ感謝の気持ちを忘れず五感のかなたへ響き渡るような義太夫節を語り続ける・・」ことだと云われる。

平成15年ユネスコの無形文化遺産に登録された文楽の今後のリーダーとして、益々ご活躍されることを陰ながらお祈りしております。