代表社員 税理士 植村祐三


 初春に、久しぶりの大雪(30センチ以上)が降りましたが、ご縁のある皆さまにはいかがお過ごしでしょうか。 

 私の自宅(西名阪針インター出口)より約30分の処に、柳生家発祥の地、“柳生の里(奈良県)及び、甲賀(三重県)・伊賀(滋賀県)”があります。
 戦国・江戸時代の“忍者の里”として有名ですが、柳生家家訓の中の1つに、世によく知られている
“小才は縁に出会って縁に気づかず。中才は縁に気づいて縁を活かさず。大才は袖すり合って縁をも活かす。”
という考えがあります。

 この家訓は、徳川秀忠の兵法指南役となった柳生宗矩(十兵衛三厳の父)が作ったようでこの意味は、小才(バカ)は絶好のチャンスにも気づかず、中才(普通の人)は縁にあっても縁を活かせず、大才(学力・努力する人)はどんな小さなチャンスでも、見逃さず、最大限に活かす人、という意味だとすれば、この柳生家家訓は人生の極意でもあるように思われます。

 “縁”を自己に関わる些細な事柄でも真剣に受け止める。例えば、名刺交換した人にはいかに役立つかを常に意識して接する。袖すり合う全てのご縁を“今この一瞬を全力投球して接する”このような姿勢でありたいものです。
仏教用語に“機縁”という考えがありますが、仏教では、人間の素質・能力・根性などを“機”と云う。この“機”が森羅万象の“縁”との関わり合いで、人生が成り立っている。
 
 私たちは、無意識的に自己中心で生きていると思いますが、宇宙の計り知れない摩訶不思議なものにより、生かされているのだと思える年齢になりました。
この気づきに感謝し生きることが、我々の日々の生活なのでしょう。また、人とのご縁は、必要な時期に必然的に出会う、偶然はない、という考え方がありますが私も同感です。

 現在、深夜番組の時代劇、“猿飛佐助・柳生十兵衛七番勝負・武田信玄”等を見ながら、なぜ、十兵衛が43歳の若さで死亡したかという公式見解が気になるので、ネット検索をしてみました。
「大日本剣道史」に「慶安三年・・淵の上の畑において鷹狩りの時、にわかに没す。よって奈良奉行・・検使の上、・・柳生下村の墓地へ葬る」。とあります。
私の空想では将軍家指南役の面目にかけて、真実の記述が出来なかったと思われる。一生不敗だったと云われる宮本武蔵と異なり、大名・柳生家の御曹司である十兵衛の油断が、一瞬のすきを突かれ、剣客により死命を制されたと思う。

 企業の事業承継において、特に二代目経営者はゆめゆめ油断せず、経営にまい進して頂き、益々の事業の発展を陰ながらお祈りしております。