今月は大阪市中央区で不動産仲介業を営まれている、株式会社ビルバンクの迫田茂雄社長を取材させて頂きました。

迫田社長と弊社代表植村が大学の同窓というよしみで、潟rルバンクさんとは長いおつきあいをさせて頂いていますが、今回は舞鶴市で農業を営む家庭に生まれ育った迫田社長が、地元でもなく家業でもない道でどのようにして成功されたのかをお聞きしてきました。




「なんでもいいから自分の力でお金を稼ぎたかった」という社長は中学生の頃から「将来は必ず社長になる!」と宣言し、高校卒業後には「定年まで食べるのに困らないから」というお父様の勧めで造船所に勤めたものの、3年で退職。退職金を手に単身大阪に渡り、大阪経済大学に入学しました。昼は知人の印刷会社や大手メーカーでアルバイトをしながら学費と生活費を稼ぎ、夜は大学で勉強する生活は決して楽なものではありませんでしたが、全てが勉強だと思って頑張ったそうです。そうするうちに他のアルバイトに指示を出すまでになり、ついに大学を休学して自分で会社を興しました。迫田社長の誕生です。しかし初めての会社経営は上手くいかず、友人に会社を買い取って貰って借金を返済し、復学。大学卒業後は航空写真測量の会社の営業マンとなりました。営業職を面白いと感じる一方、物足りなさも感じていた頃、後に奥様となる女性と出会ったことで「サラリーマンでは終わらない」と再び野心を燃やします。

東京で急成長しているビル仲介企業の記事に興味を抱き、雑誌の切り抜きを学生時代からずっと定期入れに忍ばせていた社長はアポもとらずに上京し、「私を使ってみませんか」と社長に売り込みに行きました。先方の社長は面白がり、その場で採用が決定。退職願が受理されるとそのまま単身上京されました。当時の東京は「お金があちこちに落ちているのに、なぜみんな拾わないのだろう?」と思うほどビジネスチャンスが転がっていたそうです。
コネも無く知り合いもいない土地での成功の秘訣は、「知り合ったらお客さん」という考え方。会社に来た保険のセールスレディには、知人を紹介する代わりに顧客となるような経営者を紹介して貰い、電話設備の営業マンは食事に連れ出して顧客の紹介を求めるなど、積極的に営業活動を展開。旅行や遊びにお金を使わず投資に回して成果をあげ、たった半年で新規展開する大阪の責任者に抜擢されました。その後、窓口を増やすために関連会社「椛蜊繿ンビルサービス」を設立。これが現在の株式会社ビルバンクの始まりです。

朝も夕も無く懸命に働いて会社は成長。しかし良いことばかりではありませんでした。頑張りすぎて身体を壊し、入院している間に半数程の社員が申し合わせて退職してしまったのです。社長は裏切られた思いや悔しさで一杯でしたが、「なぜ自分が留守の間にそのような事になったのか、自分の何が悪かったのか、教えてくれ。」と退職した社員のもとを1人1人尋ねて回ったそうです。はじめは口ごもっていた元社員たちですが「社長は確かに仕事ができる。でも自分たちも同じようにできると思われるとしんどい。社長が稼ぎ、社長に食べさせて貰っているという自覚があるだけに、それをあからさまに責められると辛い。」と率直な気持ちを話してくれました。その言葉に反省した社長は謝罪とお礼を述べて帰り、以来、「部下には寛容であるべき」「短気になってはいけない」と考えを改め、「正々堂々と真正面に取り組む」「社員に好かれ、お客さんに好かれるのが原点」「近道は絶対に無い」「人が見ていなくても誠実に」をモットーに経営されています。

40周年記念行事の一環として「親に感謝の言葉を述べ、その顛末記を書く」ということを社長命令として実行されましたが、これも社員に好かれているからこそできる「社長命令」です。
「自分で抱え込まず思い切って周りの人にやらせないと会社は縮こまってしまう」という考えから、毎年行われる事業計画発表会では新人さん達が準備や司会、発表を行うなど、若い社員さん達がいきいきと働いていらっしゃいます。
「会社がどこまで大きくなるかは、トップの度量がどこまであるか」と仰る社長の言葉通り、潟rルバンクさんはバブル崩壊の辛酸を舐めながらも年商10億、50名超の社員を抱える企業となりました。
また、迫田社長は「関西不動産情報センター」の理事長や「大阪ブルーリボンの会」の立ち上げにも関わるなど、各方面で活躍されています。細身の体のどこにそんなパワーがあるのかと思いますが、70歳を超えた今でも「働かなければ死んでしまう」「アイディアが湧いてきて眠れない」そうで、取材の時も沢山の面白いアイディアを聞かせて頂き「若い人ももっと勉強して欲しい」と仰っていました。迫田社長の成功の秘訣はいつまでも絶えることのないアイディアと好奇心、行動力、そして決して偉ぶらない謙虚な姿勢だと感じました。


専務で長男の高生さんは大学卒業後、大手ハウスメーカーに勤務していましたが、お父様の跡を継ぐべく入社。当時、会社はバブル崩壊後の始末に追われ決して良い状態ではなかった為、後継ぎを任せて良いものか躊躇されたそうですが「会社経営をしていればどこでも借金はある。そんなことは気にしない。」と言う頼もしい言葉に迫田社長も奮起され、会社を立て直すことができました。
今回はお話を聞かせて頂くことができませんでしたが、その言葉通り全力で仕事に取り組み、社長の右腕となっていらっしゃいます。
今回は大変お忙しい中、取材にご協力頂き、有意義で面白いお話を沢山聞かせて頂き、本当にありがとうございました。
オフィスの移転をお考えの経営者の皆様は、是非潟rルバンク様にお問い合わせください。誠心誠意対応して下さるはずです。

※参考文献:潟rルバンク40周年記念誌『夢のみち』
担当:花谷 /取材・文:鈴木


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