今月は人形浄瑠璃文楽で技芸員「太夫」として数々の受賞もされている豊竹英大夫(とよたけはなふさだゆう)様にお会いする為、国立文楽劇場の楽屋にお邪魔して参りました。

 
 
 取材当日はお稽古が終わった直後で出番の合間という本当にお忙しい中にお話を聞かせて頂いて申し訳なかったのですが、師匠から代々受け継がれている大切な床本(ゆかほん)や、人間国宝でもあったお爺様から受け継がれた漆塗りに蒔絵の豪華な見台といった実に貴重な物や、出番直前に三味線の竹澤團吾師匠とあわせていらっしゃる様子など、滅多に見る事のできない物を沢山拝見して参りましたので、皆様にご紹介させて頂きます。
 
 近年、橋下大阪市長絡みのニュースで「文楽」という名を聞く機会は増えたと思いますが、文楽について実はあまり詳しくない、という方も多いのではないでしょうか。
人形浄瑠璃文楽は、太夫、三味線、人形が一体となった総合芸術で、太夫は床本を見ながら、場面の情景、物語の背景、登場人物の言葉など全てを1人で語り分けます。折しも富士山が20年越しの悲願だった世界文化遺産正式登録への道が開けたと話題になっていますが、文楽は2003年にはユネスコより「世界無形遺産」として傑作の宣言を受け2009年の第1回登録で正式に登録されるなど、世界的にも非常に高い評価を受けている日本を代表する伝統芸能です。


 世襲制ではない文楽の世界は、中学校卒業以上で原則23歳以下の男性なら誰でも入門することが可能です。2年間、文楽研修生として義太夫・三味線・人形実技・琴・胡弓・日本舞踊・作法・人形浄瑠璃史・上方文化史・院本講読・稽古見学・公演見学・舞台実習等の修行を受けた後は、文楽協会に所属し、幹部技芸員に入門して舞台に出演することになるのですが、毎年研修生として入ってくる若者は10名弱、そこから2年間の修行を経て実際に入門する人は半分以下という厳しい道程です。

 英大夫師匠は人間国宝でもあった十世豊竹若大夫の孫として大阪に生まれましたが、東大を目指す秀才でシュールレアリズムの作家志望でした。しかし20歳の頃、知人の太夫さんに「良い声だから太夫になれ」と勧められ、改めて文楽に触れてみると、今まで気付かなかった文楽のシュールさ、サイケデリックさに感動し、「文楽はアブストラクト(抽象的な)芸術の極致だ!」と衝撃を受けて進路を変更。以来、文楽の世界に入って40年以上が過ぎました。楽器も道具も無い太夫は、師匠曰く「のどに楽器を作る」ため60歳を過ぎてやっと一人前と言われるそうで、若い人は端役で10-15分程度の出番であるのに対し、1時間近くメインの場面を語る「切り場語り」と呼ばれる最上位の太夫は80歳前後の方が務めるとのこと。現在66歳の師匠は「まだこれから」だそうで、毎朝じゃがいもをすりおろして絞った汁を飲むなど、健康には人一倍留意されています。

 文楽以外の文化にも造詣が深い英大夫師匠は、舞踏、ジャズ、現代詩など、古典の枠を超えた様々なジャンルとのコラボレーションや、イエス・キリストの生涯を綴った新作文楽「ゴスペル・イン・文楽」の企画制作に携わるなど「今の世代」に伝わるものをやろうと努めていらっしゃいます。
海外公演の経験も豊富で、パリのユネスコ本部で行った「世界無形遺産承認式」の公演では、イタリアのユネスコ大使として出席していた往年の名女優クラウディアカルディナーレさんが感極まって抱きつかれるという嬉しいハプニングもあったそうですが、パリやニューヨークなど文化の成熟した海外の公演では拍手や掛け声など観客の反応が大きく、そんな時が一番嬉しいとのこと。歌舞伎の公演では「○○屋!」などという掛け声が当たり前に聞かれるのに対し、文楽ではあまりありません。それでも1年に1回くらいはお客さんとの一体感を感じることができる公演があると仰っていましたが、掛け声や拍手はとても嬉しいそうですので、観劇の際は皆さん恥ずかしがらず、素直に感激を表現しましょう。


 文楽は、17世紀後半、大阪天王寺の百姓だった竹本義太夫が義太夫節を作り出し、19世紀初めに植村文楽軒が大阪に人形浄瑠璃の小屋を建てたという、大阪に縁の深い芸能でもあります。大阪で生まれ育った私ですが、恥ずかしながら高校時代に一度学校から文楽劇場に行っただけで、殆ど知識もありませんでした。
取材当日は野村証券さん主催の特別公演が催されていたので後ろで一緒に鑑賞させて頂いたのですが、太夫、三味線、人形とそれぞれ専門の方が初心者向けに解説をして下さり、みんなで一緒に太夫の練習をしたりもして、見るのとやるのは大違いということも体感しました。
素人が動かす人形はギクシャクと動く人形でしかありませんが、人形遣いに魂を入れられた人形は人間そのものですし、66歳の英大夫師匠は幼女から侍まで見事に演じ分けられます。三味線の解説中に取材をさせて頂いたので、残念ながら團吾師匠のお話はお聞きする事ができませんでしたが、解説の後に観劇すると、今までとっつきにくいと思っていた文楽がぐっと身近なものに感じられ、私達大阪人が、関西人が、もっともっと文楽の事を知って、盛り上げていく事が必要だと強く思いました。

 
 
 国立文楽劇場では定期公演の他にも、【6/7(金)〜6/20(木)10:30-、14:00- 文楽鑑賞教室】【6/10(月)・19(水)18:30- 社会人のための文楽入門】といった初心者向けの公演や、【7/20(土)-8/5(月)夏休み文楽特別公演】など子ども向けの公演もありますので、今まで文楽にあまり接する事が無かったという方も、是非この機会に一度、国立文楽劇場に足を運んでみて下さい。チケットは電話のほか、インターネットでも予約可能です。
また、英大夫師匠は忙しい公演や稽古の合間を縫って、毎日文化センターで「豊竹英大夫の義太夫発声ゼミ」という講座も開かれていますので、興味のある方はそちらの方にも是非ご参加ください。伝統ある文楽を学びながら、大きな声を出してストレス解消、健康増進に効果的だと好評です。

(担当:神崎 / 取材・文:鈴木)


【国立文楽劇場】
大阪市中央区日本橋1-12-10 日本橋駅下車7号出口より徒歩1分
チケットセンター(10:00-18:00)0570-07-9900   http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku.html
【毎日文化センター】
大阪市北区梅田3-4-5毎日新聞ビル2階  tel 06-6346-8700  http://www.maibun.co.jp/wp/?p=8927