ご縁のある皆様、あけましておめでとうございます。所員一同、本年もどうかよろしくお願いいたします。
“あらゆるものは生成・発展・変化しながら、安定を繰り返す”のが自然法則と言われますが、昨年来のインフルエンザ、リーマン・ドバイショックの大津波も宇宙の意志なのかも知れません。本年は我々中小企業にとって、人生・経営理念を確かめながら原点に立ち返り、真剣に工夫を凝らし、決して何事も諦めず、日々、明日は存在しないという気持ちを抱いて経営努力をする以外にないと思います。

 主題の日本ベンチャー大学の感謝祭にお招きいただき、11月25日広島へ出向しました。日本ベンチャー大学(私塾)とは中条高徳学長のもと(株)ザメディアジョン・代表者・山近義幸氏が吉田松陰「松下村塾」をモデルに設立した、大学卒業前後の若者のための1年制の学校です。賛同する企業経営者がスポンサーとなることで学費等を無料にし、著名な講師を招いて日本の将来を担う若者の人間力を鍛え、夢を与えることをモットーとしています。同社は主にベンチャー・中小企業等へ新卒者を人材紹介する事業を展開されているが、通常3年以内での離職率は70%だが、同社紹介者はほぼ0だそうです。
その秘訣は採用基準にあるようで、@“道”を学んでいるAつらい体験B夜間大学出身C留学生Dよく質問をするE苦学生F体育系G親を大切にするH歴史を好む人、を採用するべきだそうです。
同社は広島市西区横川町に本社があり、薄暗き早朝に山近社長と護国神社にお参りし、早朝の社員研修会へも参加させて頂きましたが、特に若い女性が元気でした。

 私はその横川「みささ橋」近くの長束という場所で、小学校2年(8才)の時、原子爆弾“ピカドン”に遭遇、原爆中心地より4キロ程度の距離でした。
 当時、晴れた日“呉”の上空ではB29が4機編成で悠々と飛んでおりました。昭和45年4月、坊の岬沖で沈没した“戦艦大和”は35年前アニメとなりテレビ放映されましたが、私は“戦艦大和”に乗り“イスカンダル”へ原爆・除去装置を取りに行く夢を時々みます。同級生は音信不通ですが、原爆体験は今でも鮮明に脳裏に焼き付いており、被爆時隣に住んでいた1つ年下の女性宅を探してみました。20年以前にはお会い出来たのですが、近隣の変化は著しく、高層マンションなどが建ち、今回はお会いできませんでした。

 私は本年も如何に経営事業体を継続して次世代へバトンタッチして行くかをテーマに、ご縁のある方々にどうすれば役立つ存在になれるだろうかを念じつつ、人生100才生きる時代を何才まで仕事が出来るかを模索しながら、日々過ごしています。
 どうか皆様方におかれましては御身を大切に、ご家族様のご多幸と事業の維持発展を陰ながらお祈りしております。