残暑いまだ厳しい折柄、ご縁のある皆様にはお元気でお過ごしでしょうか、毎年の行動として妻と共に、8月5日3時に起床、乗用車で神戸港から6時出船“ジャンボフェリー”にて9時40分高松港に到着、午前中は高松・三木町氷上に在る両親と父方の先祖・近隣の母方の先祖及び、一昨年には長兄が亡くなり、お盆に先駆け墓参りをしました。よくお嫁さんを貰う時は先祖の墓を大切にしているか、を考慮しなさいと言われます。

 午後からは82歳の姉に面談、嬉しさのあまり涙ぐんでの会話を楽しみ、78歳の次兄夫婦と全国ブランドとなった“讃岐うどん”の昼食を堪能し、昔食いなれた味をかみしめ、悪餓鬼時代を思い出しました。

 広島で被爆した為、8歳の時両親の故郷である香川県の田舎に引っ越し、悪餓鬼として木刀を持って徘徊していましたが、ある時、あるグループの代表から1対1で決闘を申し込まれ対峙していたところへ、正義の味方よろしく疎開者をいじめるなと腕力に優れ、成績優秀な川西君が助け船を出してくれたことがありましたが、彼は残念ながら、若くして起業しましたが経営に失敗し、病気となり早世しました。

 昼間は火薬・電線を利用して川魚を獲ったり、学校をさぼり空気銃で小鳥を撃ち、山で小鳥とマッタケ等を肴に弁当を食べました。マッタケ山荒らし、電車のただ乗り、映画のただ見、駄菓子屋荒し、夜間は柿・スイカ・桃・琵琶・みかんを無料拝借していました。  中学生のある時、奥山で大栗を取ってきたと言って、食べていたところ、持ち山の主が尾行をしていたためにこの件が露見して、母・叔父からこっぴどくきついお説教を受け、それからぴたりとおとなしくなりました。お色気のほうは奥手でもてなかったのか、盆踊り等では悪さをした覚えはありません。

 私が職業会計人の道を選んだきっかけとなったのは、近隣に商業高校の真部豊信先生が珠算塾を開いており、父がいない私を師範代として活用していただき、何がしかのアルバイト料を頂いたおかげで、小遣いに困ったという思いはなく、今回はお尋ねしたのですが不在でお会いできませんでした。途中山道でタイヤを石で傷をつけたので、念のためタイヤ交換をし、遠距離用に通称枯葉マークを買い、気が引けましたが利用してみました。 

 例年は日帰りですが、お客様の相続事案の内高松に貸地があり、土地は原則として実地の測量により面積を算出して相続税の申告をする為、ホテルに1泊。午前中私と妻が捲き尺で現地測量をし、法務局・税務署に立ち寄り、鳴門大橋経由で帰りました。

 途中淡路島エリアで一服の為、立ち寄ったところ駐車場には余裕があり、無意識にふっと居眠りしてしまい、妻が注意してくれなかったら、あわやバスに追突するところで、乗用車での遠出は相当注意し、疲労感のない運転に心掛けることを肝に命じました。